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がつきのzaregoto

九州・大分の16卒の就活生が就活のこと、大学のこと、働くこと、などなどとりとめのないことを綴っていきます。

極めてレアな体験「あまじょっぱい」を経験できる香川県民③

 

前回までのリンクはこちらです。

lala8136.hatenablog.com

lala8136.hatenablog.com

今までの流れでいうと

・人間には5つの味覚がある

・その中で味覚をミックスさせたものを人間は欲しがる

・「甘味×塩味」のものってなかなかないよね

香川県には「甘味×塩味」で

 →しょうゆ豆

 →しょうゆソフト

 →あんもち雑煮

 

という感じでした。

 

では、なぜこんなに

「甘味×塩味」のものが多いのか。

これを香川県の歴史的背景から

考えていきたいと思います。

 

 

■全国的にも有名だった「讃岐三白」

時は江戸時代、

香川県がまだ讃岐国と呼ばれていたころ、

将軍への貢ぎ物が絶対とされる世の中でした。

 

当然、全国津々浦々

特産物を作っていたのですが

讃岐では3つの白がもてはやされました。

 

①綿

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江戸時代、というか中世から近代にかけて

綿は産業で大きな役割を果たしました。

 

その中で

戦国時代に三河藩で始まった綿花づくりを

1600年代後半に取り入れたのが

讃岐での綿花づくりの始まりだと言われています。

 

当時香川県の西部の丸亀藩では、

綿は藩の経済を支える重要な産業としてもてはやされました。

 

産業革命後、

製造過程の機械化により、

讃岐での綿花づくりは衰退しましたが、

香川県の西部の三豊郡豊浜町の一部で

伝統的な技法は受け継がれています。

 

②砂糖

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「もはや、白やないやん」

というツッコミが飛んできてもおかしくないのですが、

砂糖も貴重な産業でした。

 

当時世界では

砂糖の生産がブームでした。

 

オランダやポルトガルとの貿易で重んじられた砂糖を

国内でも作れないかと

時の将軍である徳川吉宗が全国に呼びかけたことが

日本国内での本格的な砂糖づくりの始まりだと

言われています。

 

香川県では

歴史的にも有名な平賀源内の弟子である

向山周慶が完成させたと言われています。

 

現在では写真のように色・形を変え、

和三盆として受け継がれています。

 

上品な甘味とカロリーの少なさから

全国的にも注目され、

「和三盆ロールケーキ」たるものやも

作られるようになりました。

item.rakuten.co.jp

 

私は小さいころ

香川県の白鳥町(現:東かがわ市)で暮らしていたのですが

隣町の引田町にこの和三盆を作っている

三谷製糖というところに

なんどか遊びに行ったことがあります。

 

様々な形の和三盆があり、

目でも楽しませてくれる、まるで美術館のような

ところでした。

もちろん和三盆の味も

子供ながら上品な味わいがわかるほど

繊細で素朴な味でした。

 

今度また遊びに行ってみたいです(笑)

www.wasanbon.com

 

③塩

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これは近代的な塩づくりの様子です。

当時はすべて手作業で行っていました。

 

遠浅で日照時間が短い瀬戸内海側の気候は

塩づくりに絶好な環境でした。

 

始まったのは1800年代と

江戸時代の終わりのほうですが

その技法はなんとも原始的な手法でした。

 

①満潮を利用して塩田に海水をまき、

②塩のついた砂を回収し、

③海水をかけ、砂を取り除き、

④蒸発させて残った塩をとる

 

というとても手間のかかる技法でした。

 

当時讃岐で作られた塩は貴重で

北は北海道まで流通していたほどでした。

 

この技法は戦後の1950年代まで続きましたが

機械化により、

この作り方も淘汰されるようになりました。

 

 

■甘味・塩味に欠かせられないものが香川にはあった

勘のいい人はわかると思いますが、

このように香川は昔から

甘味と塩味に恵まれた土地でした。

 

また、時の世が

それらを求めていたがゆえに

単なる産業から特産物として

崇められるものとして見られていたのです。

 

それと同時に

甘味と塩味に強い感性を持っていたのでしょう。

 

だからこそ、

砂糖は和三盆に形を変え

塩は醤油という現代でも欠かすことのできない

調味料として受け継がれているのかもしれません。

 

人間の味覚に対する欲求は

このころからあったのかもしれません。

 

特産物である甘味と塩味を

同時に楽しめないのか、

 

先人たち、また彼らの思いを引き継いだ現代人が

いまの味覚のミックスを実現できたのかと思います。

 

今度、香川に帰ったら

また和三盆を手に先人たちのことについて

学び直さないといけないと感じる

今日この頃でした。

 

 

■参考リンク

香川県HP

http://www.pref.kagawa.jp/kenkyoui/gimu/hometown/kagawa/n_pdf/44_53.pdf#search='%E8%AE%83%E5%B2%90%E4%B8%89%E7%99%BD'