極めてレアな体験「あまじょっぱい」を経験できる香川県民③
前回までのリンクはこちらです。
今までの流れでいうと
・人間には5つの味覚がある
・その中で味覚をミックスさせたものを人間は欲しがる
・「甘味×塩味」のものってなかなかないよね
・香川県には「甘味×塩味」で
→しょうゆ豆
→しょうゆソフト
→あんもち雑煮
という感じでした。
では、なぜこんなに
「甘味×塩味」のものが多いのか。
これを香川県の歴史的背景から
考えていきたいと思います。
■全国的にも有名だった「讃岐三白」
時は江戸時代、
将軍への貢ぎ物が絶対とされる世の中でした。
当然、全国津々浦々
特産物を作っていたのですが
讃岐では3つの白がもてはやされました。
①綿
江戸時代、というか中世から近代にかけて
綿は産業で大きな役割を果たしました。
その中で
戦国時代に三河藩で始まった綿花づくりを
1600年代後半に取り入れたのが
讃岐での綿花づくりの始まりだと言われています。
綿は藩の経済を支える重要な産業としてもてはやされました。
産業革命後、
製造過程の機械化により、
讃岐での綿花づくりは衰退しましたが、
伝統的な技法は受け継がれています。
②砂糖
「もはや、白やないやん」
というツッコミが飛んできてもおかしくないのですが、
砂糖も貴重な産業でした。
当時世界では
砂糖の生産がブームでした。
オランダやポルトガルとの貿易で重んじられた砂糖を
国内でも作れないかと
時の将軍である徳川吉宗が全国に呼びかけたことが
日本国内での本格的な砂糖づくりの始まりだと
言われています。
香川県では
歴史的にも有名な平賀源内の弟子である
向山周慶が完成させたと言われています。
現在では写真のように色・形を変え、
和三盆として受け継がれています。
上品な甘味とカロリーの少なさから
全国的にも注目され、
「和三盆ロールケーキ」たるものやも
作られるようになりました。
私は小さいころ
隣町の引田町にこの和三盆を作っている
三谷製糖というところに
なんどか遊びに行ったことがあります。
様々な形の和三盆があり、
目でも楽しませてくれる、まるで美術館のような
ところでした。
もちろん和三盆の味も
子供ながら上品な味わいがわかるほど
繊細で素朴な味でした。
今度また遊びに行ってみたいです(笑)
③塩
これは近代的な塩づくりの様子です。
当時はすべて手作業で行っていました。
遠浅で日照時間が短い瀬戸内海側の気候は
塩づくりに絶好な環境でした。
始まったのは1800年代と
江戸時代の終わりのほうですが
その技法はなんとも原始的な手法でした。
①満潮を利用して塩田に海水をまき、
②塩のついた砂を回収し、
③海水をかけ、砂を取り除き、
④蒸発させて残った塩をとる
というとても手間のかかる技法でした。
当時讃岐で作られた塩は貴重で
北は北海道まで流通していたほどでした。
この技法は戦後の1950年代まで続きましたが
機械化により、
この作り方も淘汰されるようになりました。
■甘味・塩味に欠かせられないものが香川にはあった
勘のいい人はわかると思いますが、
このように香川は昔から
甘味と塩味に恵まれた土地でした。
また、時の世が
それらを求めていたがゆえに
単なる産業から特産物として
崇められるものとして見られていたのです。
それと同時に
甘味と塩味に強い感性を持っていたのでしょう。
だからこそ、
砂糖は和三盆に形を変え
塩は醤油という現代でも欠かすことのできない
調味料として受け継がれているのかもしれません。
人間の味覚に対する欲求は
このころからあったのかもしれません。
特産物である甘味と塩味を
同時に楽しめないのか、
先人たち、また彼らの思いを引き継いだ現代人が
いまの味覚のミックスを実現できたのかと思います。
今度、香川に帰ったら
また和三盆を手に先人たちのことについて
学び直さないといけないと感じる
今日この頃でした。
■参考リンク
香川県HP